2023年11月28日公開 更新:2023年11月29日

マルタ・アルゲリッチと50年

50 Years with MARTHA ARGERICH

マルタ・アルゲリッチの知られざるエピソード  by Y. KOSEKI

 

48. チェロとピアノのための「若い王子と若い王女」

胸をかきむしられる程の甘美な旋律〜 リムスキー・コルサコフ作曲「シェヘラザード」第3楽章:若い王子と若い王女。家にはバーンスタイン/ニューヨークフィルのレコードがあったので、私は中学生の時、レコード盤が擦り切れる程聴いた。それから50年経ったある日、この第3楽章はチェロ曲向きだな、と気づいた。チェロは歌う旋律楽器だから、この素敵なメロディを奏でるには最適だ。幸い、ポケット・スコアも譜面制作のPCソフトFinaleもある。気づいたら、毎晩ピアノとチェロとPCに向かっていた。

編曲にもいろいろある。例えば、リヒャルト・シュトラウスの “Morgen”。白井光子/ヘルムート・ヘルの演奏を聴くと、正にfragile! 一音たりとも変えられない完全無欠の曲だと思うけれど、リストはこれを盛大に弾きまくるピアノ曲として発表している。私は、この第3楽章には音は加えたくなかった。原曲を尊重し、ピアノを弾きながら音を決めていった。第3楽章は、10分位の曲だけれど、これを6分少々のアンコール・ピース用に仕上げた。そしてこの曲を20156月のルガーノ音楽祭の時、“永遠の若い王子と若い王女” ミシャ・マイスキーとマルタ・アルゲリッチに献呈したのであった。
その後見直して少しだけ修正を加え、同年12月の浜松国際ピアノ・コンクールの時に再度楽譜をお渡しした。

2015年浜松国際ピアノコンクールにて。セルゲイ・ババヤンと。

2018年別府アルゲリッチ音楽祭。アルゲリッチが、この曲を練習している、と耳に入った。私は彼女とは演奏で共演できる立場にはいないけれど、公演写真やCDのジャケット写真で、ささやかな共演は果たしていて、これは大変光栄に思っている。別な立場から音楽的に共演できるなら、こんな嬉しい事は無い。それは、68日の熱海MOA美術館能楽堂のアンコールで演奏されることとなった。

MOA美術館

この夢のような時に向かって車を走らせていたら、タイヤがバーストした。何で今! JAFに来てもらったけど、特殊なタイヤ故、車はディーラーへレッカー移動。 即、レンタカーを手配して、何とかリハに間に合った。

リハでは、ミシャとマルタが「どうしたいの?どう弾いて欲しいの?」。そりゃあ、一音一音、フレーズだって全て自分の頭の中には決まったものはあるけれど、それより、この方達がどう弾くのか、その方に圧倒的に興味があって、指示なんか出したくない。 ちなみに彼女は、指揮者でも共演者には、必ず同じことを聞く。決して最初から自分の音楽を押し付けない。でも結果的にぐいぐい引っ張っていくけど。

感無量だった。私は、この曲を残したことで生きて来た意味があったかな、と思っていたけど、「左手が寂しい。ちょっと退屈」と言われてしまった。考えてみれば、自分で弾いて編曲すれば、自ずと自分の技量に縛られてしまう。でも、この曲に関しては、音は加えたくない。「検討します」と答えた。

2022年のルツェルン音楽祭で、藤田真央がアンコールでラフマニノフ編曲のバッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番〜ガヴォットを弾いたのをテレビで見た。そうか、音符を加えても何ら本質から外れない編曲とはこういうものか、と思い知った。やっぱりラフマニノフは天才だ!

 楽譜は販売しています。チェロ版だけでなく、ヴァイオリン、ヴィオラ、その他ソロ管楽器版などもあります。
写真・右は、チェロ用譜面とピアノ用スコア。

 

アルゲリッチの録音、来日記録:Martha Argerich Recordings

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