2023年11月21日公開 更新:2023年11月24日

マルタ・アルゲリッチと50年

50 Years with MARTHA ARGERICH

マルタ・アルゲリッチの知られざるエピソード  by Y. KOSEKI

 

44. 第10回ショパン国際ピアノ・コンクール - 3

休憩時間には、審査員席にサインを求める列が(2010年10月、第16回ショパン・コンクール )

今回のコンクールで問題となった採点の方法は、ポゴレリッチという極端に個性の強い演奏に拒否ともいえる反応を示した審査員がいたので、よけいに混乱をもたらしたと言えよう。各審査員へのインタヴューを学研のDVDで見てみると、露になった採点の問題点、そして具体的な解決法まで言及していて、それが今のコンクールの採点法に反映されているのがわかる。

マガロフ、アルゲリッチ、スコダ3人各氏に同時インタヴュー
マガロフ:最近のショパンの演奏には、高貴な品格が欠けている。ショパンは、この上なく上品な人だった事を忘れてはならない。最近のマズルカやポロネーズには、その要素が感じられない。最近は、とにかく早く、輝かしく弾くという傾向は残念。自筆譜も多数存在するのに、ショパンの書いた指示を全く尊重していない。今回は、本選で聴きたい、と思っていた数人が通らなかった。単純に点数で決定するのではなく、審査員複数で論議がなされるべきだ。
アルゲリッチ(笑顔を交えて)混乱していて、うまく答えられない。少数の審査員が不正行為を行った。点数制の審査がもたらした結果だ。審査員全員が間違っているような印象を与えてしまった。一つの組織が出した結果には服従しなければならないけれど、これは何とかしなければならない問題だ。
マガロフ&スコダ:
アルゲリッチ氏の意見を支持する。
スコダ:
アルゲリッチ氏、マガロフ氏に同意。ただ、不正な行為という表現はどうか?審査員の陰謀だとは考えていない。ポゴレリッチは、偉大な演奏家なのか、単なるテクニシャンにすぎないのか。彼の個性はあまりにも強く、この種の評価から生涯逃れられないだろう。彼が本選に残らなかったことを残念に思う。全く同意できない部分もあるが、絶妙な瞬間がある。彼はまだ若い。そしてワルシャワの聴衆の評価を無視できない。31年前に自分が出場し、同じ思いをした。演奏スタイルが自由過ぎてショパンらしくないと言われた。審査員として戻った今、こういった評価を是正したい。

Q同じことを繰り返さないためには、どうしたら良いか?
スコダ:
150人の審査を話し合いで決めるのは不可能。2次までは点数制。
マガロフ:
コンクールに150人も受け入れるべきではない。審査が大変すぎる。そして最後は6人。アルゲリッチ氏の時は、参加者は7-80人だった。
スコダ:マガロフ氏の言っている通り、予選のための審査が必要。前審査をすべき。3次は点数制ではなく、本選に残したい10名を審査員が個々にリストを書き出す。6人にしないのは、疑問が起こり得る境界点のため。順位に関係無く、リストを提出し集計。多数決で本選出場者を選ぶ。つまり、審査員個々の価値を全て同じにする。点数制は、危険な操作が起こり得る。25点の採点枠で、才能があるが、まだ完全に熟していない、テクニックはあるが個性に欠ける(一番多い)、皆がまあまあ、というと20点あたり。逆に審査員の大多数が際立って高い評価をする一方、少数の審査員が全く相容れないと苛立って低い点を入れると、その人より20点のまあまあの方が上回ってしまう。だから記名が良い。

Q世界の他のコンクールでも同じようなケースは起きているのか? ポゴレリッチのような人はいるのか?
マガロフ:
世界にひとりとしていない。欠点を多く持ちながら、あまりに素晴らしく驚異的。こんな人はなかなか現れない。本選に漏れたのは何とも残念だ。
アルゲリッチ:今回のような極端な例は滅多にあるものではない。

コルド氏へのインタヴュー
審査員全員の見解として、彼はこのコンクールには向かない。ショパンの音楽とは相容れない演奏で、ポゴレリッチに低い点をつけた審査員がいても批判はできない。ポゴレリッチは、2次予選出場者の中で最低に近い点数だった。審査員の何人かが彼に魅了され、前代未聞の存在と認めた。選ばれた人で構成された審査員の評価、審査結果を信頼する。現在、その審査が信頼を失う危機にある。

第16回ショパン・コンクール(2010年10月)

アルゲリッチは、その後コンクールの審査員は久しく引き受けず、ショパン・コンクールの審査員に復帰したのは、20年後の第14回 (2000年)の時だ。

急遽与えられることになった審査員特別賞の授賞式。突然なので着の身着のままなのか、ダウンのベストに開いた口でガムをくちゃくちゃ。舐めまわすような目線と口の動き、独特の表情で、まるでパンク・ロッカーのよう。その後の彼の活躍は言うまでも無く、個性が満載のリサイタルもあれば、2010年のラ・フォルジュルネでのショパン・ピアノ協奏曲第2番の演奏は、奇異な表現は皆無で極めて正統的、そして歴史的な名演だった。

フレデリック・ショパン博物館にて(2010年10月)

この事件以降、単純な点数の集計による順位付けは無くなり、審査の点数は公開、そして演奏をネットで聴けるようになった。今は、審査する側は、審査される側にもなっている。
 

アルゲリッチの録音、来日記録:Martha Argerich Recordings

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