2023年6月21日公開 更新:2024年2月26日

マルタ・アルゲリッチと50年

50 Years with MARTHA ARGERICH

マルタ・アルゲリッチの知られざるエピソード  by Y. KOSEKI

 

20. イヴリ・ギトリス– 番外編

彼といると、毎回奇想天外な展開となり、枚挙にいとまがない。その中からいくつか。

2006年4月、別府アルゲリッチ音楽祭にて。深夜、ヴィターリ・マルグリスの誕生日だから、と彼女が電話すると、留守電だった。すると、ギトリスがヴァイオリンを取り出し、思いっきり 下手くそでよれよれな "Happy Birthday" を弾き始めた。爆笑! その後、二人でお祝いメッセージを入れた。彼女は友人達の誕生日のお祝いメッセージを欠かさない。星座にはこだわりがあり、誰々は何座だとか、よく話題に出る。ある時、トランプが同じ双子座だ、と嫌悪感を丸出しにしていた。
  

2014年5月、居酒屋での打ち上げの時、靴を脱ぐのが難儀だ、とのことで店員がコンビニの袋で足を包んでくれた。今度はそれを取るのが難儀だ、とそのままホテルへ。天下の帝国ホテル、怪しい人物はすぐに止められた。事情を説明し許しを得たが、それにしても... 

2000年11月、映画「SANSA」の撮影の時、「トリスタンとイゾルデ」の公演のため来日していたベルリン・フィルのメンバー達が彼の部屋に訪れてきた。ヴァイオリンのカッポーネが、ヴィブラートのかけ方について教えてくれ、と言ったら、ギトリスはネックを壁に付けてこうやって練習したらいい、とアドヴァイス。 では、とフランクのソナタを弾き始めたけれど、やっぱりベルリンフィル! 個々の技量がとてつもなく凄いのに毎度舌を巻いてしまう。もし、世界中のどのオケでも指揮して良い、となったら、私は迷わずベルリン・フィルを指名する(ただしワーグナーだけはバイロイト祝祭管弦楽団)。さて、ギトリスが、命の次に大切なヴァイオリンを 「買わないか? お前ならオマケして2億4千万のところ、2億にしてやるぞ」、と言い出した。カッポーネは、「これ本物か?」とか言ってヴァイオリンを裏返して見たり。もちろんそれで終わったのだが、もしその時2億で買っていたら、今頃大変なことになっていただろう。 今はおそらく10億は下らないだろうから。で、電気スタンドを見てビックリ。カサにパンツが被せてあった。聞けば、良く乾くのだとか。火災の原因ともなるので、ちょっと...

前ページに掲載した写真。良く見るとシェードに!

ちなみにベルリン・フィルのメンバー達はチケットの代金を知らなかった。S席6万5千円です、と言ったら、誰が聴きに行くのか、と驚いていて、売り切れだ、と言ったらさらに驚いていた。
  

 

2014年10月公演終了後、ホテルの外で夕涼み。アルゲリッチは、時々外の空気を吸いに出る。すると彼がiPhoneのSiriに哲学的な質問をし、その応答にさらに質問して延々と追い込んでいた。フランス語なので内容はわからなかったけれど、彼の真骨頂、アルゲリッチに大うけ。

2017年5月

2005年11月、「イヴリ・ラスト・コンサート、さよならコンサート」。関係者の1人が、高齢なので恐らく最後の来日コンサートだろう、と勝手に想像して銘打ったコンサート。彼はこれを見て怒り狂った。「何で最後なんだ! 誰が決めたんだ! 俺はまだまだやれるそ!」
そしてコンサート初日、彼は杖をついてよぼよぼ歩いて登場してきた。そして、「い、いぶり、ら、らすと、こんさ〜〜と〜〜」と言った瞬間、きりりと姿勢を正し、「私は元気だ! 最後じゃない! 来年も再来年も来るぞ! いいか?」、「もちろ〜ん!」。その後12年に渡り来日し、素晴らしいコンサートを続けたのは言うまでも無い。
 

2011年11月27日

東日本大震災。一度大きな揺れが来てすぐに二度目が襲ってきた。ずっと言われてきた大震災が遂に来た、と思った。TVをつけたら、東北のことを放送している。えっ、大震災は東北じゃなくてここ(東京/関東)だろう!と思ったが、程なくして事の重大さが飲み込めた。すると真っ先にメールをくれたのが彼だった。「大丈夫か? 生きているか?」。震災直後、さっさと帰国した海外の演奏家も多く、中には翌年5月の別府の演奏会もキャンセルした人もいたけれど(そりゃあアルゼンチンに比べたら近距離かもしれないが)、中にはズビン・メータのように、私に何かできることはないか? 少しでも心の支援になるなら、と残って男気を見せた心を打つ音楽家もいた。イヴリもその1人で、東北で多くの支援コンサートを行った。我々は、決して忘れない。

今は連日、芸能人の不倫だとかが連日報道され、謝らされている。そんなものは当人同士の問題で、どうでもいいことだ。クラシックの世界で同じことをしたら、演奏できる音楽家は激減するだろう。というか、こういった人たちに常識を求めて何になるのだ 。外れて枠に入りきれない人たちが文化を創ってきているのは誰でも知っているし、それに尾ひれはひれ付けて皆伝説として語り継いで楽しんでいるのに。
 

アルゲリッチの録音、来日記録:Martha Argerich Recordings

#Argerich  #アルゲリッチ  #Ivry Gitlis  #イヴリ・ギトリス

目次/タイトル