2022年1月18日公開 更新:2024年2月20日

マルタ・アルゲリッチと50年

50 Years with MARTHA ARGERICH

マルタ・アルゲリッチの知られざるエピソード  by Y. KOSEKI

 

10. 第16回 ショパン国際ピアノコンクール・3次予選 (2010年10月)– その2

今回、使われたピアノは、STEINWAY、FAZIOLI、ヤマハ、カワイの4台。STEINWAYの状態は良いとは思えなかった。本来の美しい音が出ていない。でも、Wunderは、異次元の美しさを引き出していた。反面、ヤマハは ppp の響きがこの上なく美しく出せるところがあって、そこで勝負をしてきたピアニストは多かった。音が硬く、そのところで音の厚みが無くなり平板になるのは相変わらず残念なのだが、指に直結していて、表現がしやすかったような印象を受けた。FAZIOLIを使った人達は、派手さではなく、ショパンの内面性の表現を求めたような印象があった。残念だったのは、カワイを使ったのがArmelliniただ1人だけだったことだ。暖か味のある独特の音色を使ってショパンの世界を表現しても良いと思うし、このコンクールに持ってくるピアノは特に秀逸なので、もっといろいろな人達に採用されて欲しかった。どうしても、派手さでアピールする傾向にあるのも、時代なのだろう。

ピアノ会社同士の静かな戦い

そうこうしている内に、ファイナル出場の発表の時間となった。本選である。いままでが予選であることをすっかり忘れていたし、それが信じられない位の充実感に満たされていた。結果は、以下の通り の10人。

  1 No.3  Ms. Yulianna Avdeeva (Russia)
  2 No.5  Mr. Evgeni Bozhanov (Bulgaria)
  3 No.9  Mr. François Dumont (France)
  4 No.14 Mr. Lukas Geniušas (Russia/Lithuania)
  5 No.31 Mr. Nikolay Khozyainov (Russia)
  6 No.41 Mr. Miroslav Kultyshev (Russia)
  7 No.72 Mr. Daniil Trifonov (Russia)
  8 No.73 Ms. H
éne Tysman (France)
  9 No.76 Mr. Paweł Wakarecy (Poland)
  10 No.79 Mr. Ingolf Wunder (Austria)

本選出場者の発表

映像で見慣れた発表の瞬間に立ち会った。名前が呼ばれる度、歓声が上がり、テレビ・カメラが追いかける。そこかしこで、インタビューが始まる。思ったような演奏ができず、自分でも選ばれるのが意外だったのだろう。泣いている人もいる。自分の事のように感動できる場だ。これが、審査員達が選んだ「本選でコンチェルトを弾かせてみよう」というピアニスト達。1次から3次予選まで全て実際に聴いて選ばれた人達だから、3次予選だけ聴いた私の印象と違うのは当然だ。でも、François Dumontが残って本当に良かった。Leonora ArmelliniとIrene Venezianoは残念。ポーランド人枠というのは、あるのだろうか。日程をみると、19日は、Yulianna AvdeevaとIngolf Wunder が弾く。せめてこの日だけでも聴いてみたいものだ。

本選出場者のアナウンスの後、本選に出られなかった出場者に、審査員から賞状の授与があった。どうしても優劣や当落に関心が集中するが、そもそもこのコンクールに参加することだって、本当に大変な事だ。プログラムに写真入で名を連ねた81名は、胸を張って帰国して欲しい。まだ、演奏家としては、始まったばかり。功を急がずじっくり熟成していけばいい。スポットライトが当たる時期は、人によって違うのだから。

左:楽譜を用意するアルゲリッチ、 右:ショパン ・パスポートと。「とっても誇りに思うの、どう?」
ショパン・パスポート:
ポーランド政府より、ショパンの作品に対して顕著な芸術活動を行った100名の芸術家に贈られた

発表の時、審査員:アルゲリッチの姿は無かった。これは、1980年の第10回大会での “事件” の再現ではなく、ロンドンで行われるコワセビッチの70歳のバースデー・コンサートへ向かったためだ。バルトークの2台ピアノとパーカッションのためのソナタを弾いて、また戻って審査をするという。彼女はとても友達思いで、こんな強行軍も何なくこなす。というか、恐ろしく強靭な体力があるから、何十年も世界の頂点に君臨できるのだ。楽譜を手さげ袋に入れ、「練習しなきゃ。どうしよう。」といって、空港へ向かった。

スポンサー「レクサス」の高級車に乗って空港へ向かう 

帰りの飛行機で、会場で配っていたEvgeni Bozhanovの3次予選のCDを聴いた。唖然とする程、本当に凄い。ピアノが泣いている。この録音は、ピアノ・メーカーとしてのYAMAHAの運命を変えたと思う。飛行中で聴けなかったが、彼のコンチェルトはどうだったのだろう。本当は時差を取るため、しっかり生活サイクルを戻さなきゃいけないのに、今晩は2日目の生中継を聴きそうだ。

 *後日、このピアノはヤマハの新型CFXである事を知った。このピアノは、急に出来上がったものではない。同社のコンサート・チューナー:程内氏が、何年も前から試行に試行を重ね、全国にピアノを運び、国内外の著名なピアニスト達の意見に真摯に耳を傾け、大変な努力の上に生み出されたピアノだ。私もその現場に幾度か立ち会う機会があったが、その成果がこのような形で大成功をもたらし、本当に嬉しい限りである。心より賛辞を申し上げたい。

プログラムやチケット、会場で無料で配っていたNews、演奏CD等

帰りの飛行機で、 しっかり風邪をうつされていまい、少しダウンしてしまった。帰国当日は何も出来なかったが、翌日に気を取り直し、ネット・映像記録で本選のチェックをしてみた。3次予選では、ネガティヴなことはあえて名前を伏せて書いていたが、ここではそのまま書く事にした。ただし、実際に会場で生で聴いておらず、ネット配信+ヘッドフォンなので、何とも難しいところもあるが...

本選初日、最初はMiroslav Kultyshev。相変わらず手堅くしっかり弾いている。3次予選のトップ・バッターも彼で、本コンクールのレヴェルの高さに驚いたが、表現が今一凡庸のところがあり、私はあまり好きではない。2番目:Daniil Trifonov。3次予選では個性が今一音楽と結びついておらず、チグハグなところがあったが、見事に軌道修正し、実に音楽的にまとめてきた。素晴らしい。間合いやテンポの取り方(特に速く走るところなど)がアルゲリッチに似ているのが興味深い。3番目:Paweł Wakarecy。意外にも本選出場。彼は最後に聴くことにしよう。というのも、4番目はEvgeni Bozhanov。あれ? まさかの失速?? どうした??? 緊張なのか、考えすぎたのか。歯車が今一噛み合わず、それどころか外れかかる時も。同じ人とは思えない演奏。これだからコンクールは難しい..... 実に残念だ。

本選2日目。トップは、すっかり日本のマダム達に大人気のNikolay Khozyainov。「ニコライ君たら、あんなにピアノが弾けるのに、まだ18歳でかわいいの!」だって。3次予選では、まるでリストの曲を弾くが如く弾きまくって、勘弁してもらいたい、と思ったが、本選では、これまた見事に軌道修正してきた。文句なしに素晴らしい。続いてYulianna Avdeeva。逸材、本選で大輪の花を咲かせた。これまた文句なしに素晴らしい演奏。こうなると 、一般評価は好みで分かれるだろうし、審査員はどうやって評価、優劣を付けるのだろうか。1位や2位が、沢山出るのだろうか。
 

アルゲリッチの録音、来日記録:Martha Argerich Recordings

#Argerich  #アルゲリッチ  #Chopin_Competition  #ショパン・コンクール

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